今目の前で起きていることを丘村日色おかむらひいろは冷静に分析していた。そこには見たこともない者たちが存在している。 しかもその様相は、日本ではまずお目にかかれないであろう神官風の男が複数、そして桃色のドレス姿をした少女もいる。 目だけを動かして、自分が今どこにいるのかを把握していく。建物は吹き抜けになっており、座りながらでも外がよく見える。 ただそこからは地面ではなく、かなり遠くにあるであろう山並みが見えるので、ここはどうやらそれなりに高い場所だと判断できた。 どこかの塔か何かの場所なのか、幾つかの円柱で支えられている天井にもまるで見覚えの無い奇妙な絵が描かれていた。エジプトの壁画に書かれているような不思議な絵だった。 見覚えがあるといえば、周囲には自分と同じ高校の学生服を身に着けた四人が居た。 同じクラスだが、話した記憶が無い。何故そんな者たちと一緒に自分がここにいるのか。 足元には、ゲームなどで見たことのある魔法陣が描かれてある。 明らかに日本人ではない者たち、見たこともない景色、そして魔法陣。 現況から推測して自分の身に何が起きたのか、大よそは理解していたが、ドレス姿の少女が発した言葉でそれを確信することになった。「よ、よくいらして下さいました勇者様!」 ああ、ここは俗に言う異世界なのだと。 先程まで自分は学校にいたはずだ。昼から授業をサボり屋上でずっと寝ていて、放課後になったので教室にカバンを取りに戻った。そこには今ここにいる四人がいたのだ。 いつものように四人には一瞥いちべつもしないで自分の席へと向かった。向こうはこちらを見て少し眉をひそめたようだったが、相手の反応には興味が無かったので無視した。 しかしその時、突然足元から眩い光が迸ほとばしった。その場にいた日色を含めて五人は、あまりのことに体を驚きのせいで硬直させていた。 目の前が真っ白になり、気づいたら今の状態だったというわけだ。 周りで神官風の男たちが喜びの声を上げている。「やったぞ!」、「成功だ!」などと、突然のことで戸惑うこちらの気を無視してはしゃいでいる。 だがその表情にはかなりの疲弊感が見える。マラソンでもしていたのかと思うほど汗を流しているのだ。 一方少女の方は、日本人とは思えないオレンジ色の髪が腰までウェーブしている。身形みなりも綺麗で、目も大きく愛らしい顔立ちだ。 見る目を引くような美少女であることは間違いないと判断できた。 そんな彼女も男たちと負けず劣らずに顔を綻ばせていた。恐らく自分たちは、この者たちに召喚よろしく、問答無用で呼びつけられたのだろう。 ライトノベルなんかでよくある光景だ。だがそれは間違いなく空想の世界の出来事。 まさか自分がそんな経験をするとは思ってもいない。冷静に分析していた日色でさえ、いまだにどこか信じ切れていない部分がある。 ともに召喚されてきた者たちも同様の思いで、自分たちに起こった現象に理解が追いついていない顔をしている。そんな中、ようやくその中の一人が口を開く。「ゆ、勇者? どういうことですか?」 名を青山大志あおやまたいしといい、茶髪だが真面目そうな顔つきと優しい雰囲気を持っている。 さらに身長も高く爽やかイケメンなので、クラスでは圧倒的に彼氏にしたい男ナンバーワンである。 大志に尋ねられた少女は慌てて頭を下げる。「あ、申し訳ありません! それについては国王が直々にご説明致します! ですからよろしかったら私についてきて下さい!」 そう言いながら申し訳無さそうな表情が見える。よく見ると彼女の顔色が悪い。先程までは笑顔だったのでよく分からなかったが、召喚したことで疲労したのか額にも汗が確認できる。神官風の男たちと同じである。 そんな彼女の様子に大志も気づいたのか、ここで長居せずに、とりあえずは従って様子を見ようと思ったようだ。その方が彼女も休めるかもしれないと思ったのだろう。 そして日色以外の人物に、大志が目配せをして了承を窺うように頷く。「分かりました。一応どうなったのかは予想できますが、話を聞かせてもらいます」 どうやら他の四人も何となく自分たちが置かれた状況を把握しつつあるのだろう。 こうして五人は少女の先導のもと、国王がいるという《玉座の間》へと向かった。向かう途中、日色は周りを観察することを忘れなかった。 使用人と思われる人物、所々に配置された兵士らしき人物。髪の毛や瞳の色を見て、やはり日本ではないと改めて認識できた。 先程居た場所は、やはり塔のようであり、大きな城の中に建てられたものだということも理解した。「おお、よくぞ召喚に応じてくれた。感謝するぞ勇者たち」 玉座に座っている人物が穏やかな笑みを浮かべて言葉を発した。別に好きで応じたわけではないと思ったが口にはしない。「しかし、突然のことで戸惑いばかりが先行しているであろう。だが安心するがよい。今からしかと説明致すゆえ」
そう言って王はまず自己紹介から始めた。
国の名は【王都・ヴィクトリアス】。この世界【イデア】に存在する『人間族ヒュマス』を統一する王が住む国である。大陸には境界線が存在しており、それぞれの種族が国を作り治めている。
いわゆる『獣人族ガブラス』は、『人狼ワーウルフ』や『猫人ウェアキャット』など獣の特性をその身に宿した種族であり【獣王国・パシオン】が存在する。
また『魔族イビラ』は、『魔人』や『霊鬼れいき』など俗に亜人と呼ばれる種族であり【魔国まこく・ハーオス】が存在する。
そして最後に『精霊族フェオム』は、『精霊』や『妖精』などがいるが、彼らは国を持ってはいない。数も極めて少なく小さな集落を作り生活している。他種族との関わりも持たないので、見たことがない者が多数いる。
そして日色たちが今いるのは【王都・ヴィクトリアス】で、目の前に君臨しているのが統一王であるルドルフ・ヴァン・ストラウス・アルクレイアムである。
その隣にいるのが、王妃のマーリスで、ここまで案内してくれた少女は第一王女であるリリスである。
『人間族ヒュマス』、『獣人族ガブラス』、『魔族イビラ』、今この三つの種族間は、かつてないほどの緊張が生まれているらしい。
特に【魔国・ハーオス】の魔王が、『人間族ヒュマス』や『獣人族ガブラス』を滅ぼそうと画策しているという。
優れた力を持つ自分たちこそが、【イデア】を掌握し統一するのに相応しいと考えているらしい。そこで邪魔な『人間族ヒュマス』に『獣人族ガブラス』を滅ぼして、『魔族イビラ』だけの世界を創ろうとしているのだ。
『魔族イビラ』は確かに強大な魔力を有しており、こと戦闘においては凶悪過ぎるほどの力を持っている。
この世界には魔法があり、無論魔力が巨大であれば巨大であるほど強い魔法を行使できる。『人間族ヒュマス』も魔力は持っているが、種族的に内包する魔力量が絶対的に少ないのである。
もちろん戦闘では魔法が全てというわけではないが、それでも『魔族イビラ』が使う魔法は強力なものばかりで、下っ端でも人間が個人で倒すのはなかなかに難しいのである。
この世界には冒険者ギルドがあるが、高位ランクの冒険者でも『魔族イビラ』相手ではチームで対応しなければならない。
このままではいずれ滅ぼされることを懸念した国王は、何とか逆に『魔族イビラ』を滅ぼせないかと考えた。その時、古の魔法として封印されていた召喚魔法を使用することになった。
だが封印されていたということは、何かしらの理由がある。それは召喚魔法が、決して万能ではないことを示す。
召喚魔法は多大な魔力を必要とし、また資質が無い者が行えば、《反動リバウンド》といって、行使した魔力が凶器となって身に降りかかってくるのだ。
元来召喚魔法は王家のものしか使えないとされてきた。だが王家の者であれば、誰もが使えるわけでも無かった。失敗した者は、例外なくその膨大な魔力に当てられ精神を壊し、時には死を呼ぶことも少なくなかった。
これはただの召喚魔法ではない。異世界への扉を開けるという、異端な魔法の一つなのだ。それ相応のリスクは持っている。
そこで国王ルドルフは考えた。自分には何人か娘がいる。その娘たちに召喚魔法を使わせる方法を選んだのだ。
このままでは『人間族ヒュマス』は全て滅ぶ。回避するためには何としても異世界から勇者を呼ぶ必要があった。古い文献には、過去に異世界から勇者を召喚して、恐ろしい災いから『人間族ヒュマス』を救ってくれたと書いてあった。
勇者は膨大な魔力を有し、『人間族ヒュマス』では考えられないほどの身体能力や魔法を使うことができる。それを知ったルドルフは、心を鬼にして娘たちに頼んだ。しかし第四王女、第三王女ともに失敗して《反動リバウンド》の影響で命を落とした。
(自分の娘を犠牲にしただと……?)
日色は説明を聞いて王の処断を正気かと思い眉をひそめる。だがそこで何か言っても面倒事になりそうなだけなので敢えて何も言わず沈黙を守る。
娘が次々と死に、王妃は嘆き苦しんだが、彼女自身、国王に嫁いだが、外家からの女だったので、純粋な王家の血を引いておらず、召喚魔法ができなかった。次は第二王女。
彼女は命こそ取りとめたものの、今もなおベッドの上で目覚めないらしい。これで召喚魔法が使えるのはもうリリスとルドルフだけとなった。もうこれ以上は失敗できないと判断した彼は、自分が自らやるしかないと言った。
しかしそれには皆が反対した。王がいなくなれば、国は支えを失いそれこそ『魔族イビラ』につけ込まれ一瞬のうちに滅ぼされてしまうかもしれない。
その話を理解したリリスは、自ら国の礎になることに決めた。怖い、怖いが、このままでは全てが消える。誰かに殺される命なら、自分で望んだ場所で散らそう。そう思い召喚魔法の儀式を行うことにした。
儀式は神官たちの魔力と、リリスの魔力を媒介にして行われた。儀式の最中に気が遠くなるのを感じたリリスは、やはり自分では無理だったのかと思い、諦めた時、魔法陣が見たことも無いほどの光を放つ。
そして、五人の人間が姿を現したのだ。
「なるほど、その『魔族イビラ』から『人間族ヒュマス』を守るために俺たちはここに呼ばれたってわけか」
青山大志は説明を聞き、何度も頷いている。
「そうじゃ。文献によると、勇者は全部で四人いる。ん? そう言えば今気がついたが、五人……いるな」
そうだ、今回召喚されたのは五人いるのだ。どういうことだと近くにいる学者ふうの男性に視線を送る。彼は慌てたように眼鏡をクイッと上げる。
「わ、分かりません! ですが、五人とも勇者なのでは……?」
「ふむ……それなら調べてみればよいだろう。お主たち、自分の能力を確認してみよ」
ルドルフはそう言うが、日色たちは何の事だか首を傾けてしまう。
「ん? どうした? まさか能力確認ができないのではなかろうな?」
その通りなんですがと皆の代表として大志が言う。
「心の中で《ステータス》と念じてみよ」
王の言葉通り皆は行う。もちろん日色も念じた。すると目の前にゲームで見たようなステータス画面が広がる。
ヒイロ・オカムラ
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