↓ログイン小説情報感想レビュー縦書きPDF表示調整吸血姫は薔薇色の夢をみる 作者:佐崎 一路第六章 堕神の聖都<< 前の話次の話 >>146/154第二十六話 死中求活 蒼神の身体が窓の外――星すらない漆黒の亜空間へと投げ出され、そのまま自由落下するように軌道を離れて遠ざかって行った。「――くっ!」 なおも抑え切れない吸血の衝動に意識が呑まれる寸前に、ボクは剥き出しの自分の右手に噛み付いた。 あとコンマ何秒放置すれば、完全に理性が吹き飛ぶ。 兎に角、喉の渇きを潤さなければ――処女の血?目の前にあるじゃない!――半ば本能的に、窮余の策として自分の動脈に噛み付いた……のだけれど、結果、一気に理性が吹き飛んだ! ――なんじゃこれは?!「お……美味しいっ!! なにこれ、絶品なんてもんじゃないじゃない!」 あまりの美味に恍惚として、全身に震えが走った。 空腹のせいもあったけれど、これまで飲んだどんな血液モノよりも遥かに芳醇で濃縮な血潮に、我を忘れて舌鼓を打つ。うまーっうまうま、女将を呼べ!……あ、でも、これってある意味自給自足というか、下世話な言い方をすれば、自慰行為に近いのかも知れないなぁ、とか理性が囁いたけど、無我夢中でちゅーちゅー飲んだ。 そんな感じで飲み過ぎて、逆に貧血を起こしてフラフラになったので、さすがにそこで理性を取り戻し、後ろ髪を引かれる思いで中断して、代わりに収納スペースインベントリから、ワインボトルに入った鮮血を取り出して、はしたないけどラッパ飲みした。「……う~~ん。不味くはないけど……なんか薄い」 収納スペースインベントリに入っている物は、時間の経過による劣化がないはずなので、これも絞りたての健康ピチピチな乙女や、栄えある童帝君の血のはずなんだけど、いま飲んだ自分の血と比べるとなんか味気なく感じる。 まさか、こんだけ自分の血が美味しいとは思わなかったわ。 たまに稀人まろうどや影郎かげろうさん、吸血鬼の眷属になったばかりのらぽっくさんや、タメゴローさんまでも、妙にギラギラと熱い視線を向けているなぁ――とか思う時があったけど、いま初めてわかった。あれは食欲を我慢している目だったんだねぇ。超納得。 取りあえず飲み干した瓶を床の上に放置。「さて、取りあえずこの部屋を破壊すれば、もう蒼神も戻りようがないだろうから、さくっと壊しておかないと。――もっとも脱出口がないと、私も永久にこの場所に放置になるんだけどね」 攻撃が効かない蒼神相手の対応として咄嗟に思いついた策がこれ。斃すんじゃなくて、相手の自由を奪う方法。 この場だと亜空間に放り出すのが手っ取り早いと思ったんだけど、元々STR(腕力)値が低いボクとしては、一か八か大幅に全ステータスを増幅させる『狂化』を使うしかなかった。 とは言え完全に理性を無くしていたら、何も考えずに真正面からの立ち向かって行って、『神威剣アマデウス』相手に力負けしていたことだろう。ギリギリ理性が吹き飛ぶ寸前で踏み止まれたので、どうにか思惑通りに進むことができたけれど。 それと問題なのは、この場所――蒼神が言うところの、通常空間から一段上の亜空間(多分、空中庭園が普段待機している漆黒の空間と似たようなものなんだろう)から帰る術があるかどうか、そこらへんが不明なところなんだよねぇ。「転移門テレポーターか、同じ亜空間なら空中庭園に連絡が付くなら、迎えに来てもらうところなんだけどさ」 独りごちた声に背後から返事があった。「どこへ行こうというのかね?」 反射的に床を蹴ったけれど、半歩間に合わずに一直線に放たれた衝撃波によって、ボクの身体は独楽みたいに回転しながら壁に叩き付けられ、さらに追撃の一撃を受けて崩れた壁と一緒に、虚空に投げ出された。 ――落ち……っ!? 覚悟した真空の息苦しさも絶対零度の極限状態もなく、ふと気が付くと最初にこの部屋に入ってきた場所に立っていた。「……へっ?!」 困惑するボクに向かって、5メートルほどの距離を挟んで対面に立っていた蒼神が、気だるげな眼差しを向けていた。「この空間は閉鎖されている。例えるならディラックの海に発生した渦巻のようなものだ、囚われた木の葉がクルクルと留まるように、この場を維持している俺を斃さない限り逃れることはできない。それと外部からの進入も不可能だ。俺とお前以外の因子は、自動的にフィルタリングされるようになっているからな。……そうだな、機能的には音丸が使ったデュエルスペースと、まあ似たようなものだ」 音丸って誰だっけ……?と一瞬疑問に思ったけど、取りあえず気にしないことにして、自分にヒールを掛けつつ『薔薇の罪人ジル・ド・レエ』を構えた。「――まあ、確かに…あの程度で終わるのは、ちょっと虫が良いかな、とは思ってたんだけどね」 とは言え参ったね。内からも外からも脱出不能で、手持ちの札だけで相手するには、かなりキツイねぇ。「いい加減やせ我慢をするのはやめたらどうだ? 勝てもしない勝負を挑み、逃げ出したい恐怖に震えながら立ち向かう意味はないと思うがな」「……だから?」「最初から言っているだろう、俺のオンナになれ。そうすればこの世界の半分をくれてやろう」 どこのラスボスだ!? というベタな提案をしてくる蒼神。これうっかりイエスと答えたら、いきなりレベル1に戻される罠じゃなかろうか?「返答はどうだ?」「勿論ノーに決まっているよ」「ふん、まあ予想通りか。……一応、理由を聞いておこう。なぜだ?」 いや……半分、ゲーマーのノリで反射的に言っただけなんだけどさ。「理由は二つあるよ」 取りあえず適当に前置きをして考える。「一つは、そもそもこの世界は君のものではないからね。取っ掛かりはそうかも知れないけれど、今はここに生きる人々や命あるもののものだからね」 よし、第一のハードルクリア。さあ、どうする、考えろ私ボク!「二つ目……それは、私は君に腹を立てているからだよ。君は理不尽に踏みにじられる辛さ、苦しさを知っている、それなのにそれを他人にも強いている、そんな相手の言うことなんて絶対に聞けないからだよ!」
そう言って、蒼神を指差した。
まあこれも半分その場の思い付きだけど、本音なのは確かだね。
言うだけ言ってすっきりしたボクは、八方塞の状況だけど腹をくくって、もうひとつ――いや、やることを考えたら2つある――思い付いた、先ほどの『狂化』よりもよほどリスキーな、思い付きを実行することに決めた。
――確かにこの世界が『エターナル・ホライゾン・オンライン』に準拠したものなら、元ゲームマスターだった蒼神には、システム上勝てることはできないだろう。けど、彼は知らないことがある。ゲームではなくリアルになったために、本来あり得ない変質を遂げたシステムがあることを。
「ご立派なことだ。なら当初の予定通り話し合い以外の方法を取ることにしよう。下手にダメージを与えると、『狂化』や『狂戦士化』する恐れがあるので、取りあえず手足を切り取って達磨にしてからだな」
そう言うと、蒼神は無造作に踏み込みながら、『神威剣アマデウス』を振るってきた。
らぽっくさんの『絶』でさえ一撃で砕けた一閃だ、これを受けたらボクの『薔薇の罪人ジル・ド・レエ』も同じ運命をたどるだろう。
剣同士を打ち合わないようにして、とにかく距離を置いて一撃離脱を繰り返す――ここまでは先ほどと同じだった。
「ふむ。姫君は追いかけっこがお好みか。なら」
瞬間、蒼神の姿がブレた。――いや、あまりの速度に目が追いつかずに残像だけを捕らえたのだ。
「え? なっ?!」
たった一歩でこちらとの距離を詰めた蒼神が、いきなり目の前に現れた。
「どうした、こんな程度か?」
反応もままならずに、閃光のような速度で突き出された蒼神の一撃を、左手の長手袋――盾装備『薔薇なる鋼鉄アイゼルネ・ユングフラウ』で受けるのが精一杯だった。
飾り付けられた薔薇の花と蔦とが、ズタズタに切り裂かれて散る。
力負けしたボクの身体は空中で弾かれて後方へと飛ぶ。
「遅い」
それよりも先に突進の運動ベクトルを殺さず――すなわち、ボクの十八番おはこの三角跳びを行って――進行方向を変えた蒼神が、さらに弾丸のような速度で追撃してくる。
頭上に振り上げた巨剣が、何の駆け引きもてらいもなく、一直線に降り抜かれた。
「くっ!」
空中で身を捻り、錐揉みする形で『薔薇の罪人ジル・ド・レエ』を床に付き立て、急制動を掛ける。
瞬間、ほとばしった斬線が、ボクの背中の漆黒の翼『薔薇色の幸運ラ・ヴィ・アン・ローズ』を寸断し、勢いあまって床と壁をスパッと豆腐みたいに斬った。
あ、危なかった~~っ。もうちょっとで、身体ごと真っ二つになるところだったじゃないの! 手足どころか、正中線狙いだったよいまのは! 殺す気!?
と思って蒼神を睨み付けると、平然と嘯かれた。
「まあ、殺す気でないと戦闘力を奪えそうにないからな。それにしても、ゲームマスターGM専用のハイスピードモードHSMを使っても、完全に捕らえられんとは、つくづく大したものだ」
どうやらいまの超速度はGMの専用スキルみたいなものらしい。どこまでチートなんだか。
舌打ちする間もなく、蒼神が距離を縮めてきた。
同時にこちらも床を蹴って、相手に詰め寄る。一瞬、蒼神の顔に意外そうな表情が浮かんだけれど、無言のままお互いの距離がほぼゼロの状態で、神威剣アマデウスを横薙ぎに振るう。同時に閃光が幾つも生まれた。
相手の速度とリーチがこちらを上回る以上、距離を置いてのこれまで通りの戦いは逆に危険。ならば、懐に入って両方を封じるしかない。
そう判断して選択した超接近戦だったけれど、これまたどう考えても自分の方が一方的に不利な戦いだった。
なにしろ相手は攻撃のみに専念して、防御を捨て、身の安全を省みないで破壊することのみを考えて、容赦なく攻めれば良いのに対して、こちらは1撃でもクリーンヒットを受ければ即終了。ひたすら躱すしかない。
「どうしたどうした、攻めてこないのか? 無駄とわかって諦めたか?」
薄氷の上を踏むような緊張を強いられる膠着状態が何合続いただろうか。密着しての攻防はすでに5分を越え、その間に繰り出された攻撃は100を超えるだろう。
見た目一進一退に見える均衡だけれど、その間ずっと受身にならざるを得なかったボクの身体は、細かい傷が付き、補給したばかりの血潮を流しながら後退を強いられていた。
と、勢いに押されて下がった足が、思いがけず硬いものに当たって止まった。
いつの間にか壁際まで下がっていたらしい。逃げ場がない状態で無理に攻撃を躱そうとして膝が落ち、体勢が崩れ隙が生まれる。
「終わりだ」
蒼神の手にした神威剣アマデウスが真っ直ぐに振り落とされる。この体勢からでは完全には躱し切れない――その自信に溢れた一撃だった。
刹那、ボクの手から『薔薇の罪人ジル・ド・レエ』が転がり落ちた。同時に、崩れたフリをして曲げた膝から爪先までのバネを総動員して、爆発的な推進力を作って一気に解放した。
「――このォ!」
神威剣アマデウスの先端が届くよりも速く、蒼神の懐へと飛び込んだボクの掌打が、その心臓部分へと撃ち込まれると同時に、さらに全身のバネと関節を総動員して、ありったけの“剄”を放った。
「ふん、この程度何ほどの――なに?!」
インパクトの瞬間こそ仰け反ったものの、その後は蚊にでも刺された表情で、軽く一歩踏み出そうとした蒼神の足が、継続する剄のダメージの影響で、本人の意思を無視してガクリと落ちた。
勝機は今!この瞬間しかなかい!
再び腕が届く間合いに飛び込んだボクは、反射的に左手で心臓を押さえ、右手一本で振り下ろす、蒼神の握る神威剣アマデウスの柄頭を弾いて頭上に飛ばした。
同時に跳躍して、空中で神威剣
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